ぽたぽた★ポタリング

DAHON Mu P8で輪行そしてのんびりサイクリング、自転車初心者の日記です

名古屋鉄道八百津線(廃線)【明智駅〜兼山駅】

2009.5.24

以前、名古屋鉄道広見線をポタリングしたときに、途中の明智駅から八百津線の廃線跡がつながっているのを見つけました。今回は、その八百津線の廃線跡をたどるポタリングです。終点の八百津駅跡まで行く予定でしたが、途中で興味深い歴史的遺産をたくさん見つけたので、中間地点の兼山駅跡までの走行となりました。本能寺の変で有名な森蘭丸にまつわる史跡や、鉄道以前の舟による物流にまつわる遺産など、歴史を感じるサイクリングになりました。


名古屋鉄道広見線/御嵩駅近くのオシャレなカフェ、Cafe de Imaiでランチ


日替わりランチは限定20食なので、予約して来る人が多いみたい。デザート、飲み物も付いて、ゆったりとした雰囲気で美味しくいただきました。


八百津線の始発駅、明智駅。広見線も存続の危機を迎えています。


2001年の八百津線の廃線と共にYAOバスが運転開始


広見線から分岐する八百津線の廃線跡


こちらは、まだ枕木が残っています


可児川を渡るところ。橋は残ってませんが、廃線跡はまっすぐ続いています。


廃線跡を跨ぐ国道21号線(旧中山道)


線路はないものの廃線跡はしっかりと残っています。サイクリングロードにしてほしいな。


東海環状自動車道が見えてきたところで「兼山口駅」跡が。真新しい公衆トイレと自転車置き場だけが残されています。鉄道が自動車に移り変わっていることを象徴する風景です。


砂利の残る廃線跡を自転車を押して歩いていくことに。小径車は砂利道に弱い。


小さな橋の跡を発見


森蘭丸の父、森可成(よしなり)の菩提寺。寺の裏には、森家の墓所があり、本能寺の変で信長と一緒に亡くなった蘭丸、坊丸、力丸、三兄弟の供養塔が安置されています。


木曽川の流れ。木曽川では中流部になります。


鉄道が走る大正以前は、木曽川を使った河川交通が主流でした。ここは「兼山湊跡」といって、室町の時代から木曽の木材をここから運び出していた港でした。こんな内陸部に港で栄えた場所があるなんて知りませんでした。廃線跡の旅でしたが、舟運の遺跡も見ることができてびっくりです。


湊跡から見た木曽川。昔はここに多くの舟が往来していたということです。その風景を想像してみました。


日本最古の現存する木造三階建ての小学校校舎。1885年築。今は兼山歴史民俗資料館として使われています。


資料館には八百津線の資料が多く残されていました。玄関には線路の跡が。


資料館に残る兼山口駅の駅名プレート。他にも鉄道資料が展示されています。


「兼山駅」跡。兼山口駅跡と同じく、公衆トイレと自転車置き場だけが残っています。


YAOバスの馬頭観音バス停が今日の折り返し地点。名前の通り、馬頭観音さんがいらっしゃいました。


兼山町内で見つけた古い蔵。隣は鉄店なので、その店の蔵でしょうか。


同じく兼山町内で見つけた味噌蔵。秀吉もお茶として飲んだ名水「小関の清水」が隣に湧いていて、この蔵でも使われていたそうです。


国道21号線に出会ったところが中山道「伏見宿」でした。古い建物は見あたりませんでしたが、本陣跡に立派な石碑が。


明智駅に戻ってきました。広見線の列車が停車したので、パチリ。